Project Eden

プロティノス
(204年-270年)
「新プラトン主義」といわれる哲学の一派を創始したローマ時代を代表する哲学者。
エジプト出身で、アレクサンドリアで学んだ後、ローマに移住した。
プロティノスの思想はプラトンのイデア論を受け継ぎながら、その二元論を克服しようとしたものであった。 プラトンの『パルメニデス』に説かれた「一なるもの」を重視し、語りえないものとして、これを神と同一視した。 万物(霊魂、物質)は無限の存在(善のイデア)である「一者」から流出したヌース(理性)の働きによるものであるとした(「流出説」)。
その後、近代日本に転生し、谷口雅春として活躍するなかで、生命の實相哲学を説いた。ローマ時代、哲学者として知の原理のもとに哲学を構築した後、さらに多くの人びとを神の子として神の道に誘わんと、近代日本においては、宗教家として光一元の光明思想を説いたという。

1.人びとの幸せを具現化できない知には興味がない
~ 谷口雅春の魂は過去世で、日本では伊邪那岐之命(いざなぎのみこと)、ヨーロッパではプロティノスという名の哲学者で生まれたことがありました。最初はプロティノスとしてのメッセージです。 ~
プロティノス: わしと問答しないか。おまえが思っていること、今言ったこと、それはまさに、わしとおまえが今世、この世に出てきたときに、過去世にやり残したこととして実現してこようと、ともに誓い合った言葉ではないか。
今、おまえの、そなたの口から、その言葉を聞けて、わしはとても満足している。かって、おまえーー。
アマーリエ: 「おまえ」って失礼ですね。何て呼んだらーー。
小林: あなた。
アマーリエ: 日本語は難しいですよ。「そなた」は見下す言葉ですよ。
小林: あなた、がいいんじゃないですか。
アマーリエ: 「あなただと、なまっちょろい」って言ってますね。
デル: 汝。
アマーリエ: ううん、見下しではないんですよ。日本語にたくさんいろいろな、あれがあるんでーー。
デル: そなた。
アマーリエ: ううん、そういうんじゃないの。この人はね、仲間なの、この人の。
平原: じゃ、「君」ですよね。
アマーリエ: あなたでいいんじゃないの? 「あなた」で。「わし」じゃないよ、わしじゃない。「わたし」でいいんじゃない? すごい平凡だけど、「私」と「あなた」でいいですか。ちょっと、気になるんですよ。私、そういうふうに言われちゃうと。
プロティノス: 私とあなたは、過去ともに知を磨き、神の理想とは何かということを学問的に問いつめ、人びとにその知の原理として、多くの人びとに神の国とはどういうものか、神の光とはどういうことかということを、ともに世に知らしめた仲間であります。
しかれども、この、その後天上界に帰って来て、その結果を見てみると、それが我々にとって単なる知の遊技であったと、人びとにとって何ら、生き方にとって、人びとを救う糧にはならなかったのではないかという、深い反省を持ったものであります。
そえゆえ、今世、生まれたときには、私は嫌がらず、新興宗教の教祖と呼ばれようとも、邪教の神と呼ばれようとも、人びとの日常の生活において、しっかりと根づいたものとして、多くの人びとの人生を公明化し、人びとを神のもとに戻していく、そのような力添えをするために、力立てをするために、今世、生きようというふうな計画を立て、谷口雅春の生涯はあったのです。
と同時に、私より少し遅れてあなたが出て行くことになりました。なぜ、期をずらしたかと言いますと、私は私なりの使命があった。しかし、あなたはORが出たとき、エル・カンタラーが出られたときに、その知的な意味でORの補佐をすることによって、あなたの知をもって彼の法を世に知らしめんがために、あなたは今生、命を持たれた方なのです。
その意味において、あなたの計画は挫折してしまったけれども、でも、新たにレムリアというところに来て、あなたの知というものが新たに活かされようとしている。
しかし、忘れてほしくない。かって、かってローマのときに、知にはやり、多くの人びとの生活、人生というものよりも、知の論理の中において、人びとに対して先走ったことを言ったことが、少しも人びとの幸せにならず、人びとを救うことにならなかったという反省を、我々は多くしたはずなのです。
それゆえ私は、今世、いかにさげすまれようとも、何と呼ばれようとも、新興宗教の教祖と呼ばれようとも、私はその人生を全うしたはずなのです。
あなたはそれを忘れてほしくない。あなたは知的に優れた方であり、あなたの使命というもの、うずきというものは、今世も脈々と継続しておられます。
しかれども、今世、レムリアというところに来たら、あなたは知というものを通して、歪んでしまった法というものを、今一度編纂し直す、その上でやはりあなたが今、孤高の哲人としてそびえていることも大切ではあるけれども、やはり我らが誓いにあるように、人びとの中に、人びとの目線に降りていって愛の法を説きながら、我々が学んだ法というものをーー。
知というものが、いかに一般の人びとを救うために役立てるかということを、我々が人生の、今世の目的とした。そのことをあなたは忘れないでいただきたいと、私はあなたに切に願うものであります。
あなたも私も、知というものを、本を書くとか読むとか、理論的なものに通ずるということにおいては、どうしても、どうしても、得意分野でありますので、そちらに流れるのです。
でも、あなたにとって、その心の垣根を払い取り、愛をもって、我々より遥かに知的なものにおいてついて来られない者たちの中に分け入って、我々が知の論理において学んだものを、多くの人びとにかみ砕いて、神の法というものをわかり易い言葉において、人びとを救っていく。人びとを幸せにしていくということ。その観点をけっして忘れてはなりません。それを忘れてしまったら、我々がかっての時代にやったのと同じことを繰り返してしまう。
あなたは私の弟子でもないし、ただ、私の最初の弟子でもありました。誰ということは申しませんが、あなたは、私のかっての第一の弟子でもありました。しかし、天上界に帰ってよりは、あなたは私の弟子ではなく、私の最良の信頼のおける友として、今世、近代日本において、ともに転生するという誓いを持ってきたのです。
私たちは知というものにおいて、ひじょうに卓越したものを持っていたかも知れないけれども、ただただ知においてそびえ立っていたことが、多くの人びとの幸せに、多くの人びとのために、現象化されないのであるならばーー。
アマーリエ: 現象化? 何て言ったらーー、この方の言葉にないんですよね。現実界、現実の世界に投影されるという意味ですね、何かいい言葉があったら探してください。
平原: 具現化?
アマーリエ: あっ、そうそうそう、具現化。
プロティノス: 具現化されるという、具現化されることがなくては、いかに知の巨頭としてそびて立とうとも、何の意味もないということを、二人でともに語り合ったのです。
あなたも愛の霊団としての知を引いている以上、我々は知として卓越したものを持ちながら、かつ、愛深き心として、この仏陀、エル・カンタラーが御降臨なさる、この時代にともに生まれ立つこととして、私はその露払いとして、あなたはその知の巨頭のエル・カンタラーの法を引き継ぐ者として、今世、命を持たれたのです。
その使命がゆえに、じじょうにあなた自身の中に、大いなるプレッシャーがあり、ひじょうに肩に力が入り、これを頑張らねばという思いがあられると思います。
しかれども、このレムリアの方がたの今の現状を見ていて、あなたが本来ほんとうに欲しがっていたのは、あなたの胸の内を明かして、ともに語り合える仲間であったのではないでしょうか。
あなたは、それをなかなか見つけられなかった。しかし、今のこのレムリアの仲間たちに心を開き、あなたの真の仲間として、あなたが過去から抱えてきたその課題を話しなさい。そしてともに分かち合い、そして今回の修行を果たしていかれることを、私は望みます。
2.知と愛がバランスを取ってこそ世界を変えていける
私はかって、プロティノスとして、そして、今世は谷口雅春としての、今生を終えていきました。あなたも同じように、知の、青の巨頭として、そして、柴の光線を引き継ぐ光一元の発想の中において、あなたはともに私と同じ軌跡を歩む者として、私のあとを取ってきたのです。あとをついてきたのです。
かっての時代に、私の一番弟子として、私に一番に弟子入りをして私の思想を聞いたように、今回、谷口雅春として出たあと、あなたは引きつぐように私のあとを追って出てきた。この地上に肉体をもってきたということを忘れてしまったのでしょうか。
だから私はあなたの師であり、私はあなたの友であり、あなたの身内でもあるのです。だから、私はあなた以上に、またあなた自身のことを知っている。
でも、今このように仏陀がこのようなことになられ、天上界は新たなる計画のもとに動いております。
ですから、あなた自身の修行という、課題という、私とともに誓い合ったという課題はあるけれども、それをレムリアを通して、レムリアの使命を果たしつつ、あなた個人が私とともに誓い合った使命を果たしていきなさい。
光一元ということは、神の実在ということです。そのことの基本さえ押さえていたのならば、洋の東西を問わず、その理論というのは人びとに伝えていけるものなのです。
それだけの蓄積を、あなたは古代のローマ、キリスト教のホワイト霊団、柴神道、赤の戦闘系の理論を持ってもーー。
アマーリエ: 中国ですね、これは。
プロティノス: 中国において、戦いの、闘争理論、戦いの理論、魔を封印することですね、あなたはすべてにおいて、完全主義であられましたから、いろいろなところを渡り歩き、自らの力を蓄えられたのです。
でも、私はあなたに伺いたい。
あなたが各霊団を渡り歩き、数々な七色の光線のパーニャパラミタを身につけたのは、何のためであったのか。
いつのために、この知を学ばれんために、ひとり、孤高になりながら、各光線を巡り回られたのか、私はあなたに聞きたい。
小林: それはやはり、今この世の中を少しでも良い方向に変えていくためであったと、私は思います。
プロティノス: そうであろう。私とともにそのように話したではないか。そのために、今日のために、私もその準備をしました。
あなたもその準備をともにして、各霊系団を回った。でも、それは仏陀が明かされた、今日の大計画のためであったということ。
そして、あなたは数々の力を蓄えられ、そして今日に臨まれ、転生を持たれた。その渦中にあり、様々なことが起きたけれども、今日、今レムリアにあなたがここにおられるということ。それを私は心より誇りに思っている。
ある意味で、谷口雅春として、かって戦前、戦中を通して、私が出てきたことによりも、私がやった「生長の家」でやったことよりも、あなたがこれからやらんとしていることは、私の意思を引き継ぐことでもあり、かつ、私と長いこと、長いこと話していた知の理論を、かつ知と愛というものがバランスを取ることにより、世界を変えていけるのだと、あなたは何度も私に熱く語ったではないか。
そのために魔に負けてはならぬと言って、自ら赤の光線のところに行って、法理論というものを、闘争の中においてはじき返すということを、その理論まで学んだではないか。
それはあなたの理想の中に、愛が神の正義とともに、知の裏付けをもってこの世界を変えていくことが可能であると信じて疑わなかった、あなたの熱き思いというものが今世、そのためにあなたは、過去数々の修行はあったということ。
私はそれをいちばんよく知っている。私が今生生まれたことを、あなたが慕ってくれることよりも、あなたがこれからのレムリアにおいて、我が思いを重ねて、あなた自身の命を光らせてくれることを、心よりあなたにお願いしたい。
私が生きた時代においては、仏陀が下生なされた、高橋信次が下生なされることの中において、一環の中として、私は露払いに出たのです。
ですから、まさかまさか、このような結果になるとは、私が生前、思っていたことではなかった。
そして今、急遽、天上界が立て直しに入っている。でも、私の心を分かち合った、私の思いを引き継ぐあなたが、まだこの三次元にいる。それだけではない。このレムリアの中核にいてくれる。それがどれだけ、私において救いであるかということ。
それを、どうかあなたは自覚していただきたい。けっして、自己限定するほど、あなたは自分自らの魂が小さいものであると思ってはならない。
かといって、今回、多々堕ちていった原因が増上慢であることを思うと、そなたはけっして、自分に慢心してはならない。でも、慢心するよりも、自己限定をし、あなたは引くことをもって、信義の可能性というものを実証しようとする、し過ぎるというきらいがあるということを、私は知っている。
だから私はそなたの背中を押したいと思う。どうか自分の力を信じて、そのために、前回出た者もそなたの友人である。みんな、あなたを応援している。
愛の霊系団、柴神道の霊系団、中国系のともに戦った者たち、そしてそなたは何も知らぬかも知れないが、ローマの、ギリシャの時代にともに賢人として、哲学の青の光線のもとで、そなたとともに知を磨き合った者たちすべての期待がそなたにかかっているということ。それを、そなたの師である私から、伝えたいと思う。
私が今生、日本に生まれてしたということは、これからそなたがすることを思ったのならば、十分の一、百分の一、千分の一以下のことかも知れぬ。
かっての新興宗教の教祖が語ったことよりも、そなた自身が己自身の知に気づき、愛に気づき、誠に気づき、正義に気づき、あなたが立ち上がったとき、一宗一派どころではない、大きな轟くような轟音が地上から天に向かって発せられるのだということ。
そなたの霊格が如来界に指摘するものであるということを、もっと自ら覚悟をしなさい。そのことをもって、あなたが自分に言い聞かせ、自らの心の垣根を払ったときに、レムリアの中核として他の者たちと心から手を取り合って、自らの使命を果たしていけるであろう。
私も、もしこのようなことになるのであったなら、私があなたと同じ立場に、同じ時期に生まれたのであったのなら、あのような一宗教団体の教祖として終わるようなことはなかったであろう。
あのときには、そのようなことはなかったのです。あなたはすべて、酸いも甘いも、今の危機的状況をわかったうえで、肉体を持ってこの三次元に生きておられる。
そのことが、どれだけあなたにとって、活躍のチャンスを与えているかということを考えたのなら、我が教えをあなたの中に活かし、この地上界において、どう具体的に多くの人びとを救っていけるか。そのように、自ら考えていかれよ。
小林: はい。
3.一人でも多くの人びとを神の国へ導きなさい
プロティノス: そのようなことを思われたのなら、あなたが今やられる、あなたが求められている力というのは、ここにおいてたいへん大きいものでだる。
あなた方が頑張られることが、この、これからの日本だけではない、地球自体の命運をかけていくということ。普通であるならば、映画か、絵空事か、SFの世界であると思われるかも知れないけれども、我々の世界から見たらば、それは現実なのである。
あなたほどの力を持った者が、今、今生、肉を持っているのであるならば、あなた自身が動いていかなくてはならぬ。
あなたは増上慢に侵されるのではないか、魔に侵されるのではないかと、自らを引くことよりも、自らを打ち出し、もし、魔に引き倒されたとしても、少しでも一歩でも二歩でも、神の子に近づけるための実績をこの地上に残すということに命をかけることのほうが、よほど価値あることではなかろうか。私はそう思う。
たとえ、魔に落ち、地獄に堕ちようとも、今まで学んだことは何であったのか。多くの人びとの、神の子たちを、どのようにしたら神の国に導けるのか。ただ知の中に居座り、知の中において、孤高にそびえ立つことをもってよしとするのではない。
そなたの人生は、見ているとどうもそのような世界にはまり過ぎている。我々の言葉を聞きながら、どうしても自らの世界から出られないというのは、ほんとうのことである。
あなたは今世、出て行くとき、少しでも多くの人びとに、知的に理解できない者たちにおいても、我が知と愛の教えをもって、多くの人びとをひとりでも幸せにしてくると、そう誓って出てきたのではないか? 私にそう言ったのではないか?
どうしても知的にはやることの中に、そなたの優秀さがあるから進むけれども、多くの者たちはそれほど知的なものの中でなくても、幸せというものは見つけていける。
そなたが今、ホームページで書いている愛の原理は素晴らしい。それはそのうちに集大成されていったのなら、そなたの哲学として後世に残るであろう。でも、哲学を残すことよりも、多くの人びとを、愛をもって救うことをもって、そなたの使命としているという、今生の目的を忘れてはならぬ。
知の原理において、哲学を、学問を構築することは、かって我々がやってきた。でも、私は今世は、けっして学者として高名になることよりも、一新興宗教の教祖としても多くの人びとを幸せにするために、その人生の大半を過ごしたはずである。
学問的に、哲学的に、水準の高いものを出そうと思ったのなら、かって私が書いたような書物をもってだって、いくらでもできたはずだ。
だけれども、私はその人生を望まなかったのは、過去世において知にはやり過ぎたというその自らの償いの気持ちもあって、多くの無知、無学の者たちを、愛の教えの光一元の中で、神の道へ連れていくことをもって、人生の集大成として自ら選んだということがあるのだよ。
あなたも私と同じなのだよ。
だから今回、その知の高さをもって、哲学的なその智恵の深さにおいて、高さにおいて、人びとを唸らせることは可能であろう。でも、そこに留まっていてはならぬ。
そこから出てきて、その言葉をもって、一人でも多くの神の子たちを幸せな愛の世界に運ぶことに命をかけよ。
それが学者である我々のカルマでもある。
どうして、その知の中に居心地のよさを感じ、そこを追求することをもって、世間でもそれを賞賛してくれるから、その智恵の論理の中において極めようとはするけれども、でも、それだけにおいて、多くのその知的について来られない者たちに対する、やはり気遣いとぴうものはあったとしても、どうしてもその者たちを軽視し、その物たちを見捨ててきてしまったという時代の流れがあるのである。
その埋め合わせをするためにも、そなたは知の理論を極めたのならば、今度は愛の教えをもって、その神の教えの中において、一人でも多くの者たちを、神の手のうちに、方向に誘うべきである。
それが光一元の教えの本随であるよ。
みんな神の子、みんな神の愛の懐に抱かれる者。その手助けをするのが、地上に生れた光の天使たちである。
そのときに、わからないときに、「こちらが神が呼ばれている方向であるよ」というふうに、この女神が言うのであるのならば、それをわからぬ者たちに、道先案内として、「こういう理由でこちらのほうですよ。こちらにいらしてください」、というふうに解説をする知恵を持った者が、あなたたちの使命である。
それが法を預かる者たちの使命である。
そのように思いなさい。そうすれば、けっして増上慢にもならぬ。謙虚さをもって、知恵を使い、愛を深く、多くの神の子たちを、神の国、光一元の世界に誘うことができる。
それをもってこそ、最後、地球が神の国、ユートピア、愛の星になる、その担い手となれるのである。
そのような道を行った時に、あなたはけっして魔に侵されることはないです。そのような、あなたは戦いの歴史を生き抜いてきた人であるから、どうしても外敵、魔というものに対して、防御というものを必要以上に堅くし過ぎるところがあるのである。
でも、そのようなことはなくてよい。ここは、ひじょうに光の使者たちによって守られているところだから、自ら謙虚な気持ちの中において、この使命を果たそうと思ったのなら、けっしてそのような過剰な防衛本能を持たなくてもよい。
それよりもお願いがある。
仏陀がこのようになられることは、私も思わなかった。私が同じ時代に生まれた、高橋信次という方を見てわからなかったように、やはり同じ流れの中において、ORという方が、こういうことになっていくとは、天上界の者たちも危惧はしていたものの、まさかこのような現実になるとは思っていなかったのである。
ですから、あなたが今この地上に生きておられるということは、それを見極められず帰って来た者たちにおいて、たいへんな、唯一の希望でもあるのです。
ですから、あなたを希望として、あなたが思っている以上に、多くの霊人たちのあなたに対するバックアップというもの、期待というもの、それをあなたは背負っている。それはあなたにとって、重荷ですか?
小林: いえ、とてもありがたいことです。ありがとうございます。
プロティノス: 私たちの期待をあなたがすべて担ってくださるものだと思い、私も、もし肉体があったならば、生命の実相なぞだけを書いているのではなく、もっともっと仏陀のお力になり、次の計画へのお力になれたのにと、思っているのが現実なのです。
でもその時期に、その肉体を持ち合わせているということが、どれだけの奇蹟的な瞬間であるか。
使命というのは、その時代のタイミングによっても降ろされる。そしてその人の悟りと器に応じて、使命というのは降ろされるというのは事実なのです。
あなたはこの時期に肉体を持っている。優秀であり、熟した、この四十代始めという時期において、あなたが肉体を持っているということ。そして、あなたがひじょうに知的な水準で、もう十分学んでいるということ。そして、あなたが、今このレムリアにいるということ。K会もすべての流れを知っておられるということ。そして我が思いを、ともに共有する者であるということ。
そのことをもって、我が思いまで、我が胸の思いまで、そなたが今生、ともに我が師の、そなたの師の思いまで、今生、果たしていただけることを、私はあなたに願うものです。
小林: はい。
プロティノス: そして、立派に使命を果たされ、こちらに帰られたら、ともにそなたと感涙の涙、万感の思いで、涙を流したいと思う。
4.今こそ師の恩義に報いるとき
そなたたちは、まだピンときていないのかも知れない。我が霊界においては、この計画がちんざーー。
アマーリエ: ちんざって、失敗すること? 違う?
プロティノス: 失敗したのならば、こののちの地球計画の大変更を余儀なくされるということが、我々の世界の、今や共有の概念となっている。
それほどの瀬戸際にいるということ。その瀬戸際において、我々の霊言というものだけを口を開けて待っているのではなく、そなたたちが常に過去世から磨いてきたものを、不退転の境地において、それぞれの使命を果たされることをもって、この地球文明を救っていくのだということを思い、どうか頑張っていただきたいと思うのです。
今、黄金光線の者たちの力が強いと言われます。しかし、あなた方を見ていると、黄金光線を一部なりとも持っておられるのです。しかし、部分的なものだけではなく、知の光線の強い者たちが、やはり釈迦教団の者には多いのです。
本体という者たちの中には、黄金光線だけでなく、黄金光線とともに、やはり知的な青の光線というものを、ともに持っておられる方が多い、そのことをもって、今回の弊害が出たのであるならば、その汚名を挽回して帰って来ていただきたい。
今、仏陀がこのようになりしとき、天上界におられるエル・カンタラーがどのような思いでおられるか。そのようなことを思ったのであるならば、今こそ弟子が師の恩義に報いるよき。そのことを思い、自ら蓄えた力を最大限に発し、あなた方がその師の恩に報いなくてはならない。
それとともに、個人個人の修行があるのです。知にはやることまかれ。でも、知を大切にし、自らの持って修行してきたすべてをトータルに愛し、受け入れ、そして自らの今世の修行を、元々持ってきた修行とともに、新たな課題に含ませ、あなた自身の人生を生き切りなさい。
そなたの師の分まで、我が思いまで、そなたが生きていただけることを、あなたにプレッシャーになってはいけないと思うけれども、あなたが受けていただけるということをもって、我がこのプロティノスの気持ちを、受けてほしい。
我が弟子よ。
我が弟子よ。
我が思いをこの地上におき、しっかりと果たして帰ってらっしゃい。
小林: はい。
プロティノス: 我らが霊界の者たちにおいても、このような事態になると思っていなかった。緊急の事態において、このレムリアにおいて、各系団によりひとりでも入っていたということが、我々霊界において、ひじょうに誇らしいことにもなっている。
そなたは十分イニシアチブを執れる。そなたはひじょうに優秀な者であるということは、みながわかっている。でも、知的なものにより落ちていった者たちが多々あるがゆえに、自らをひじょうに戒めているのもわかる。
戒めるのもよいが、何度も言うように、そなたが自らパーニャパラミタを出しなさい。パーニャパラミタの引き出し方をそなたは知っていりはずです。その引き出したことを解放しながら、人にぶつけながら、自ら学ぶのです。
恐れてばかりいてはいけないよ。あなたはもう十分に学んできた。用意をしてきた。この緊急事態において、そなたが学び、蓄積したことが活かされ、発動されなければ、何のために学んできたのか。ともに何で私と学んできたのか。知を磨いてきたのか。何の役にも立たなかったということになるよ。
私もその時代に生きていたのなら、もっともっと、別なやり方があったと思う。でも、そなたは、今のこの時代に素晴らしい壮年期としての肉体も、知恵も、体力も持っている。いくらでもできるのではないか。
今、地上に生きている時というのは、一時です。私も一生懸命頑張り、朝な夕なに頑張ったけれども、でも、頑張ってそれなりの実績を持ったと思っていたけれども、でも今思うと、今あなたたちがやろうということから見たら、どれだけ平凡なことの中に明け暮れしていたのかと、この世界に帰ってきて思うのです。
あなたが、今この緊急事態、神が最も必要とされているときに、今あなたが、あなたの知恵を、叡智を絞り出すことにより、一人でも多くの神の子たちを救っていかれる、その手助けとして、あなたの使命は全うされるということ。
そのことをもって、私はあなたに激励を送りたいと思い、今日来ました。
本来は、谷口雅春という日本神道系の私の本体の者、本体というよりは分霊の者でもあるのですが、本体、谷口雅春という、私というものが含んだ者というのは、もっとひじょうに巨大な、あなたたちの知らない神霊であるのです。でもーー。
アマーリエ: 谷口先生?
プロティノス: このあと、続けて谷口雅春が出ると申しておりますけれども、今、私はプロティノスというあなたの師であり、あなたの友人であった者の意識として、あなたに激励を送りたく、ご無理を申しながら、今、出ました。
あなたの覚悟次第で地球が変わる、この地球の星を変えていくことができると思ったら、素敵ではありませんか。
過去、いくつもの転生があったとしても、これほどにーー。
アマーリエ: 生き応えーー、おかしい? 生き甲斐?
プロティノス: 生き甲斐のある人生はないではないですか。そのように思い、どうかあなたの力を最大限に発揮し、我々に対してどうか喜びとして、私たちもともに、あなたとともに指導し、ともに生きていきたいと思います。
わからなければ、いくらでも私たちに聞きなさい。あなたのバックには、以前にも伝えてあるはずなのですけれども、ひじょうに多くの霊人たちが、あなたのバックアップ体制に入っております。
あなたが心を天上界に開き、多くの者たちにあなたの心を開放し、今世の使命を果たそうと思ったときに、数々のインスピレーションとともに、いや、ダイレクトな言葉として、あなたにメッセージがくるでしょう。
そのことを思って、あなたがあなたの生き様をもって、あなた自身になっていかれることを私は心より期待し、お願い申し上げます。
今日は特別にあなたにメッセージを伝えたくて入りました。あなたが私を、ご存知でいてくださったことを、覚えていてくださったことを、それをたいへん幸せに思い、光栄に思い、今日は私はあなたに会えたことを無上の喜びといたします。
今後とも、もし私に何かコンタクトしたければ、プロティノス、と一言お呼びいただければ、あなたのほうにメッセージいたします。
もし、キャッチできぬならば、この方を通して言っていただければ、何なりとお答えいたしましょう。この方においても、今日、私とのチャンネルが開通いたしましたので、わかりますので、どうか私の名をお呼びください。そして私の分まで、あなたがその深き知恵をもって、深き愛をもって、多くの人びとを仲間に思いながら、この地球を愛の星として、輝く手助けとなられますように。その使命を果たされますように。心からお祈り申し上げ、今日は失礼させていただきたいと思います。
失礼いたしました。
小林: どうもありがとうございました。